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マリナーズ・アイ展

第32回「マリナーズ・アイ展」開催案内

横浜展は終了しました。ご来場いただきました皆様ありがとうございます。
8月26日(木)から「福岡アジア美術館」にて開催します。皆様のご来場をお待ちいたしております。

第32回「マリナーズ・アイ」結果発表!

 
人と海のフォトコンテスト 第32回「マリナーズ・アイ」
厳正な審査の結果、応募作品4,125点の中から、入賞17点、入選103点が選ばれました。
たくさんのご応募ありがとうございました。 
受賞者の発表はこちらをご覧ください。

   第32回 人と海のフォトコンテスト 「マリナーズ・アイ」展 総評 審査員 小松健一

 昨年から本年にかけて「マリナーズ・アイ」展は、大きな二つの試練に襲われた。
 その一つは、第31回展の募集を開始した頃から本格的に国内、国外を問わず恐怖にさせた新型コロナウィルス感染の蔓延である。国内では昨年四月初めに発生された「緊急事態宣言」。以後、現在に至るまで、くり返し政府は発生させている。
 その為に商業界をはじめ、飲食業界、観光・ホテル業界、交通業界、映画・演劇業界など瀕死の状態である。国民には、「自粛、自粛」、「時短だ、酒類の提供は禁止」を半ば強要してきた。にもかかわらず、第31回展の総評に記されている一年前の国内感染者17,174人に対して748,421人、死亡者916人に対し、13,098人(2021年6月1日現在)が現状である。一体この国の政府や政治家は何をしていたのだろうか。国民のいのちとくらしよりも大切なものが果してあるのだろうか。
 実家のすぐ近くのよく遊んでもらったお兄ちゃんが57年前の東京オリンピックに選手として出場した。村あげての応援をしたものだ。そんな想い出深いオリンピックだけに開催を心待ちにしていた僕も、検査、隔離を重視しない体たらくな感染対策、ワクチン接種対応にしても世界で最も遅れている政府、内閣に怒りを通り越している。
 延期したこの一年間に、きちんとした策を講じていればもっと「安全・安心」に世界の国の人々から歓こんでオリンピックに参加してもらえただろうに残念でならない。
 僕たち写真を愛する者にとっても自由に撮影できず、自由に発表することもできない事態がこれほど長期間に渡っていることは、我慢の限界に来ているのではないだろうか。
 その二つめは、写真界、写真業界をとりまくこの一年間の激変である。
 まず、昨年の7月号で休刊となった「アサヒカメラ」1926(大正15)年4月創刊だから94年、国内最古の歴史を持つ写真雑誌である。1975年から同誌が初めた木村伊兵衛写真賞も若手写真家の育成にとって権威あるものであった。「日本カメラ」も本年5月号で休刊となった。1948年創刊だから73年の歴史をもっていた。出版していた日本カメラ社自体も同時に解散となっている。
 その他にも、「フォトテクニックデジタル」が本年8月号で休刊となり、1978年に創刊した月刊「カメラマン」なども休刊になっている。
 また国内で多くの有名写真家を輩出している銀座ニコンサロンが閉鎖し、親会社である(株)ニコンは「D6」などの一眼レフカメラ、ミラーレスカメラなど70年をこす国内製産の歴史に幕を降ろし、タイなど海外に拠点を移すことが決まっている。
 他のどのカメラメーカーにしても決して順調な経営ではない状況が続いている。つまり第32回「マリナーズ・アイ」展は、この様な二つの大きな逆風の中で開催されていると言うことをまずはじめに理解していてほしいのである。
 しかし驚くべきことに、本年の第32回「マリナーズ・アイ」展は応募作品数、応募作品枚数、応募者数ともいままでの最高記録であった第30回記念展を超えて史上最高を記録したことをご報告する。
 二つの信じがたい「大逆風」の中にあっても、力強く本展は前進したのである。昨年度の第31回展より、さらに減ると予想できたので、様々な手を打ってはきたのだが、次々にメディアはなくなり、「緊急事態宣言」や、「蔓延防止等重点措置」などの発生によって写真界全体が畏縮した状態が一年以上続いていた。だから正直驚いたのである。応募作品数は昨年の第31回展より390作品増え、4,125作品となった。作品枚数は382枚増加し、4,619枚になった。応募者は130人増え、1,152人となっている。
 第1回展から亡くなる26回展まで本展に関わってきた写真家の丹野章さんと目標にしていた5000点の応募作品への道程もこれで見通すことができるようになった。
うれしい限りである。
 具体的な特徴を少し述べる。
 まず大賞ならび主席推薦を受賞したのは女性であったこと。また17人の入賞者の中で4人(約23.5%)が女性であったことは作品の幅・質の向上でも女性の応募者の増加にとっても意義あることだと思う。ちなみに女性の入選者は11人であった。
 応募者数を各県別に見ると第1位は毎年、神奈川県(116人)が不動の地位を守っている。2位は兵庫(81人)、3位が北海道と東京で66人。5位が千葉(51人)、6位が愛媛(47人)、7位大阪(44人)、8位福岡・愛知(39人)。そして10位が長崎(38人)となっている。写真人口から見れば圧倒的な東京や大阪の大都市から入賞者が出ないのは不思議ではある。
 唯一応募者が0となっているのは山梨県。今回からいままでの7回を見ても1人の応募者があったのは3回だけで、他は0であった。来年に向けて何か対策を考えねばと思う。みなさんも山梨に写真の知人・友人がいましたらぜひ呼びかけて下さい。
 銀塩の作品は昨年と比べると23作品増えていておもしろい傾向ではあるが、デジタル作品が圧倒している。現に入賞作品17作品中、モノクロの3作品も含めて全てがデジタル作品である。
 本年は午前10時30分に審査をスタートし、昼食は審査会場で弁当、夕食や休憩は一切取らずに審査を続けて、第一次から入賞作品が全て決定した第六次審査まで十一時間かかった。終了したのは午後九時半をまわっていた。全体の作品の質のレベルは高くなっている。第二次審査に残った230点余りはどれも入選と同じレベルの作品であった。
最終的に作品に問われているのは、①創造的であるか、②個性的であるか、③独創性があるか、④作者のメッセージはあるかの4つの視点であろう。もちろんプリントの仕上げや題名(タイトル)なども大切だ。
 これらをクリアした作品が入賞作品となるのである。
 第32回「マリナーズ・アイ」展は、初めて横浜・みなとみらいギャラリー、(7月6日~12日)、博多・福岡アジア美術館(8月26日~31日)、神戸・兵庫県民会館アートギャラリー(9月15日~20日)の三会場とも入賞・入選全120作品を一堂に展示することになった。
 横浜展では毎年恒例の僕の作品講評「海の写真塾」(無料・自由参加)を7月10日(土)午後2時より会場においておこなう。
写真展と合せて、ぜひご来場し、ご参加下さい。みなさんのお元気な姿にお逢いできることを心待ちにしています。
                                                合掌
   2021年 五月雨月

第32回展 入賞作品

  大賞「海に祈りて」一瀬 邦子(埼玉県)
 本展において大賞を女性作家が受賞したのは、第19回展以来二人目である。実に十三年ぶりの快挙だ。女性の応募者が昨年より43人増えたとは言え、全体の応募者から見れば、わずか18%弱である。その中での受賞だから価値はある。
 作品は2枚組で、浜松市にある有玉神社の例大祭の禊の儀を取材したもの。例大祭の一大イベントは400年前から継承されてきた流鏑馬神事だ。徳川家康が大阪夏の陣で使っていた白馬を戦勝記念に神社に寄進したことからはじまったとされている。禊の儀はその行事の最初に馬に乗る者、馬を引く者など関係者が近くの米津海岸へ行き、安全を祈願する神事である。作者は行動を共にして、厳かな神事の一部始終を撮っている。深くたれこめた雲が場面を一層幻想的にさせている。



推薦「海と生きる」皆川 春奈(愛媛県)
 美しい仕上げのモノクロームプリント、適確な絞りで被写界深度を生かした画面が眼を引いた。一流のプロ写真家が撮影した肖像写真のような品の良い重厚さのある作品である。作者がパートの若いお母さんだと知ってさらに驚いた。
 この作品が撮られたのは、日本で一番海に近い駅で知られる愛媛県伊予市にある下灘駅近くの下灘(豊田)漁港だ。伊予灘を一望できるこの港は、鱧漁が盛んで、年間400~450トン水揚げされる全国屈指の漁港だ。今年87歳になった老人が馴れ親しんだ港で日向ぼっこをしている。顔や手に深く刻まれた皺の一筋一筋からは老漁師の人生が静かに語りかけてくる。
 
推薦「出航まじか」有田 勉(岩手県)
 迫力ある写真である。今まで見たことのなかった構図だ。トロール船が漁に出航する準備の一場面を捉えたもの。底引網を巻き上げる船底に入り、ロープに絡み付いた魚の骨やゴミなどを漁師が掃除している光景である。シャッターチャンスも適確だ。撮影地は岩手県。作者は宮古の人だ。十年前の東日本大震災において甚大な被害を被った宮古市。その宮古でも、人々は逞しく海と生きているというメッセージを伝えてくれるような作品である。
特選「出船入船」小泉 次郎(愛媛県)
 毎回、朝日や夕日を撮った作品は千数百点は応募される。巨大な太陽を写したものも少なくない。今回はレベルの高い作品が多く、最後に特選となったのが本作品だ。タイトルの通り、出航する船と帰港する船が巨大な夕陽の前で交差する瞬間を捉えている。今までにこのアングルで撮った作品はありそうでなかった。手前の波も黒く潰さないで夕日が反射しているのも良かった。
 撮影地は作者の地元の松山港(六港の総称)。万葉集にも詠まれている古くからの瀬戸内交通の重要拠点である。上海やマニラなどへの国際定期航路もある。
 夏目漱石や正岡子規が利用したのも松山港の中の三津浜港。僕も小説『坊ちゃん』の取材でこの港を何度か訪れている。
特選「海の仲間たち」石川 賢一(高知県)
 
 海ガメとその下に、群れて泳ぐ魚たちを「仲間たち」と捉えているのが望ましく微笑ましいと思った。そして良くこうした光景に遭遇できたな。どう撮ったのだろうかと思ったのである。審査終了後、水族館での撮影だとわかった。ちょっぴり残念であったが、何よりもこの作品には自然の海原で撮ったと思わせるリアリティーがある。特に海ガメが水中から顔を出した瞬間を捉え、小さな波紋を表現している。これが憎い。
特選「寒冷のシラスウナギ漁」前原 益雄(鹿児島県)
 シラスウナギ漁の写真は、ここ数年たくさん応募されるようになった。冬の波を浴びながらライトに照らし出される漁師たちはフォトジェニックなのだろう。この作品は、波は写っていないが二月の冷たい雨と網から滴る海水を浮かび上がらせたのが成功した。漁する人が少年か、若い女性のように見えるのもこの作品のポイントである。
志布志市と大崎町の境を流れる菱田川の河口での撮影だ。今年のシラスウナギは、昨年よりキロ当り20万円程高い110万の値だと言う。
特選「海を愛する遊人隣人」太田 誠二(新潟県)
 第31回展の作品評の中で、海の環境問題がこれからの写真のテーマとしてクローズアップされると書いた。さっそくその問題提起に対して応えてくれた作品が寄せられたのはうれしかった。中でもこの作品は海辺で清掃作業をしている光景を撮っている。プラスチックやビニールが混ざったゴミの山、背後に作業する人やサファーたちも見える。もう少し、ゴミをアップにして画面の中心に捉えたらさらに上位に行っただろう。
 右に佐渡が見えるが、日本海の夕陽が一望できる海岸だ。間瀬という村の名は、室町時代の記録にも残っている。
 美しく由緒ある海岸を未来に継承するのは、今を生きる者の責務である。



優秀賞「ホリデー」佐々木 洋(北海道)
 不思議な風景に引かれた。カモメ舞う青い空に入道雲、工場とセメントの山。その上に整列しているカモメたち。そして一番手前に釣り人と車の列だ。いかにものんびりとした休日の一コマである。作者は「釣りの穴場」と記しているが写真の穴場。あまり人が撮影していない場所を発見し、絶好のシチュエーションになるのを待ってこの作品をものにした。場所は苫小牧西港。世界で初めての堀入式港湾である。いまや北日本最大の国際貿易港となっているが、そうとは思えない隔たり感がユニークなのだ。
優秀賞「祈るノロ」岡本 早苗(徳島県)
 昨年特選になった「ウンガミの女たち」と同じ沖縄本島北部の大宜味村塩屋の海神祭(ウンジャミ)で撮影したものだ。しかし内容はまったく異なる。昨年の作品は、神女(カミンチュ)たちだったのに対して、本作品はのろ(巫女)が主役である。各集落の神事をつかさどる世襲の女司祭者のことだ。山の神や海の神への一連の神事が終るとハーリーによる競艇「御願バーリー」がおこなわれる。
祭りの中で最も盛り上がる時である。すべてが終る頃、のろたちが浜辺のムシロに座して静かに海(ニライ・カナイ)の神々に祈りを捧げる。厳かにして神秘的に捉えた作品である。
 
優秀賞「習わし」松田 裕次(宮崎県)
 進水式に関わる写真は、毎回多数応募が来る。でも最近はよほどの事がない限り、入賞は難しくなっている。それは船首を中心として進水する瞬間を撮ったものが多く、みな類型化していたからである。本作品はまったく異なる視点からのアプローチだ。儀式の初めだろうか、舳先への護符棚を置き、神職を招き、船の航海の安全と災厄から護る祈願をしている。その影だけを撮っているのだ。簡素だがインパクトがある。撮影地は大分県佐伯市。同市には、大小多くの造船所があり、街の主要産業となっている。
優秀賞「終焉の日」田村 真由美(埼玉県)
 83年間にわたり首都圏の台所として支えてきた築地市場が2018年10月6日をもって営業を終了した。現在は近くの豊洲へ市場を移している。
築地にあった70の卸売業者、約1,000の仲卸業者の中には、代々続けてきた店を閉めたり、職人を辞める人も少なくなかった。
この作品は、築地市場の最後の日のそれぞれに思いを秘めた職人たちを追ったものだ。風貌が修験者のように見える彼らの無念さや、これからを思考していることが表情から窺われる。
題名には一考を要する。「終焉の日」とは、いまわや末期、臨終を連想してしまう。素直に「築地市場最終の日」などとした方がはるかに良かった。
優秀賞「遡上準備」丹羽 修(北海道)
 
 これまでにも鮭の遡上の写真は数多く応募されており、いくつかの作品は入賞を果たした傑作も生まれている。しかし本作のように遡上を準備している鮭たちを捉えた作品はなかった。まずこの点のオリジナリティが評価された。河口だから海の波はまだ高く必死に故郷の川へ帰る準備をしている鮭がいとおしく見える。撮影地は函館市に隣接する北斗市。鮭の遡上で有名な茂辺地川の河口だろう。アイヌ民族が守り続けた貴重な資源を未来の子どもたちへバトンを引き継ぎたいものである。
優秀賞「変わりゆく故郷」深野 達也(和歌山県)
 「マリナーズ・アイ」展には珍しい写真だ。撮影地は、愛知県渥美半島の大部分を占める田原市だ。南西端は伊良湖岬、三島由紀夫の小説『潮騒』の舞台で知られる。かつては風光明媚な土地であったが、時とともに変貌してしまった光景を高台から三人の老人たちが斜陽の中で見下ろしている。哀愁漂う作品である。
作者はまだ若い三十三歳、紀伊国の人だ。何故、変哲もない田原まで行って撮影したのか不思議だったので少し調べてみた。そうしたら田原という地名は、熊野修験者たちが故郷・紀伊国の地名にちなんで付けたという。他にも蔵王山など同じ由来の地名が多く残っている。現に、今も和歌山県東牟婁郡串本町に同名の地があった。
優秀賞「巡回」長尾 敏之(兵庫県)
 昔の船乗りたちが主人公のマドロス映画のワンシーンを見るような写真である。冷たい雨中の撮影である。右手の赤い炎が思わず恋しくなるようだ。
画面全体を重いトーンで占めたのが良かった。浮きドックの橋を巡回する三人が効いている。撮影地は神戸市兵庫区西出町。川崎重工と、その下請けの小さな造船場がたくさんあった。ちなみに港湾で働く者を集める港湾荷役人夫供給業から成り上がっていった日本最大の指定暴力団山口組の発祥地でもある。
優秀賞「至福の時」山中 健次(和歌山県)
 見るからに気持ちのよさそうな写真だ。誰からも何も言われないで自分の時間と空と海を独占している。沖縄本島中部の沖縄第三の都市、うるま市での撮影だ。2005年に二市二町が合併して誕生した。「うるま」とは沖縄の古い方言で「サンゴの島」という意味だと言う。
写真は、市内に八つある島のどこからかで撮影したものだろう。勝連半島から海中道路や架橋によって五つの島が結ばれている。どの島も人口が少なく美しい自然が残されている島だ。ズボンと長袖のシャツのまま、海面に浮いているこの女性は、沖縄を旅なれている人だろう。至福の時を味わったのは、ファインダーを覗いているあなた自身かも知れない。


会長賞「通信」深澤 建元(群馬県)
 船員たちが洋上から家族などに連絡するには、かつては通信機や特殊電話だったが、いまや一人一人が持っているスマートフォンだ。この写真をみてすぐに想い出したのは石原裕次郎、赤木圭一郎などが出演した波止場もの、船乗りたちの映画だった。手前のガラス戸に家族か恋人に連絡している男の影が写り、夜の船の廊下が奥へと続いている。スマホという時代性をしっかりと捉えながら、昔と変わらない船内を浮かびあがらせているのだ。撮影した洋上は、南海トラフ海域。四国の南の水深4,000m程の深い溝がある海域だ。撮影地を聞いて一層、この作品のリアルさを感じるのは僕だけだろうか。
  特別賞「ファンネルからの景色」漆田 久(神奈川県)
 特別賞の本作品も会長賞の作品も現役の船員でなければ撮れない写真だ。それもまだ二人とも四十一歳と若い。これからの「マリナーズ・アイ」展を力強く引っぱっていってほしいと心から期待するものである。巨大な煙突をおおうケージングから撮影した光景だ。見たことのない風景である。作品の画面構成にスケールがあり、圧倒された。横浜市鶴見区にある大黒ふ頭での撮影とあるので巨大コンテナ船の煙突なのだろうか。

過去作品集のご案内

 
30周年記念 「マリナーズ・アイ」展 過去作品集のご案内
詳細は下記URL(内部リンク)をクリック
 
 
 

高松展にて初のテレビ取材を受ける!

 
第30回マリナーズアイ・高松巡回展にて、初めてテレビの取材を受けました!
また、その様子が2019年7月12日(金)夕方、スーパーJチャンネルにて放送されました!!
 
瀬戸内海放送様、ありがとうございました。
 
 放送の様子は以下(外部リンク)をクリック
 
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全日本海員福祉センター
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